『ツレがうつになりまして』

新宿バルト9ツレがうつになりまして』監督:佐々部清

鬱病を煩う夫とそれを支える漫画家の妻のお話。全体として暗いトーンで表現されることはほとんどない。それが本作最大の魅力で、宮粼あおい堺雅人の陽性の部分における要素が多分に多いためだと思う。とにかく感情移入出来る描写が多くてビックリした。会社に行くことが辛くなり、道路や線路の前で立ちすくんだり、心配されることにたいして自責の念がわき起こりひたすら自分の弱さと向き合わざる終えない部分など。堺雅人の独特な演技があまりにわざとらしくも見えなくもないが、終盤に自殺を計るシーンで、他者には伺うことの出来ない精神状態が爆発する状態を見るとこの演技が正解だったことを伺わせる。

鬱病を可視化することはとても難しい。病気として映像で分かりやすい演出が出来ないから。鬱病とはそういう病気だ。鬱病がどうしてもモチベーションが上がらない「何か」によって突き詰めきれない原因とひたすら闘わなくてはいけない。

本作を見てひたすら一年前の自分を重ね合わせて見れた。友人や恋人や親にただただ申し訳なくなったり、そんな中で声をかけてくれることだけが救いだったり。女々しさの限りを尽くす堺雅人のリアリティーとそれを支える宮粼あおいの豊かさは日本社会の表面がもたらした弊害の中で、その裏返しにちょっとした日本独自の幸福があることもまた提示してくれている。欲を言えば、もっと鬱になった原因にメスを入れられたのかもしれないが、この作品においては不要なのだろう。見て良かった。

■『ゴダールと女たち』四方田 犬彦 (著)
ゴダールが経てきた女性の遍歴と、その女性による影響化が具体的にゴダールに与えたものとは何なのかを検証した良書。男は自分が想像している以上に交際している女性の影響を受けている。そんな普遍性を作品出し続けるゴダールから見いだすのだから面白くないわけがない。

新宿ピカデリー『一命』監督:三池崇史
ローテンポの冒頭で時代劇独特の間合いが続く。「静」な映像が続きながらも一つ一つのショットの美しさと画面構成の妙に目を奪われる。瑛太演じる千々岩求女が「狂言切腹」と呼ばれる切腹に至るまでが前半の主たる部分。その後に市川海老蔵演じる津雲半四郎も現れ同様の「狂言切腹」を願い出る。そこで何故に半四郎が切腹を試みようとするのか、ロングの回想シーンによって求女の関係性を明示させ、後の活劇とつながって行く。語り口の妙と、正確なショットに加えとにかく市川海老蔵の執念のような演技が秀逸の交錯している。切腹が行われる庭がメーンのある意味では密室劇。回想シーンは回想というほどあっさりしたものではなく、ほぼ時制が入れ替わっていると考えて良いのだが、何故に切腹を願い入るのかという問いの回答を海老蔵の圧倒的な演技に託したかのような感じさえ受ける。終盤の乱舞劇はもはや海老蔵の個人映画とさえ思える独断場っぷりで、全ての感情を半四郎に託さざる終えない気持ちにさえなる。

海老蔵の演技が大変高貴で上品な印象を受けながら、どこかで手に届きそうな優しさを兼ね備えている感じ。そして圧倒的な眼力と、もはや何かが宿ってしまったのではないかという、アプローチっぷりに我々は如何に市川海老蔵をスキャンダルの中でしか見れていなかったかということをひたすら痛感させられる。世界にアプローチ出来る三池の手腕と、それに応える海老蔵の狂乱は圧倒的な世界レベルで提示される。


新宿バルト9ミッション:8ミニッツ』監督:ダンカン・ジョーンズ
前作『月に囚われた男』との類似点が数多く見られたダンカン・ジョーンズの2作目。限定的なシチュエーションや、主人公の人格が主人公自体理解出来ていないという入れ子構造など、監督の十八番と思われる要素をがっちし押さえ、前作よりスケールアップしたVFXと演出。ある時間軸を何度も追体験し、その時間にあった出来事を現実に変えて行くというストーリーは最近ではよく見られるスタイルだ。『デジャブ』などはやはり時間操作が出来る「装置」の存在があり、また『バンテージ・ポイント』は事件が起こった場所にいた数人の視点で何度も提示され、その場で撮影されたビデオカメラも何度も再生し、時間軸を戻すという方法論がとられた。しかしこの手の問題は何度も時間軸を戻されると次第に飽きるという点である。『バンテージ・ポイント』はやはりあまりにしつこく事件の時間を提示されるが故に画面の新鮮味や、既に認識している共通項を繰り返される「飽き」が課題点だった。

本作も何度も列車が爆破されるまでの「8分間」が繰り返される。その繰り返しの中で、■犯人を見つける■爆弾を見つける■自分が何者なのかを知るといった要素を巧みに詰めて行く。やはり途中で何度も提示されていくために飽きていくのだが、ジェイクギレンホールのやけくそっぷりがどこか茶目っ気があり、そこに助けられている部分もある。主人公はある組織のカプセルに入れられていて、そこから指令を出している人間と会話をしながら、目的に近づいてく。指令を出す人間たちや繰り返される8分間の中で、繰り返されることで、ある一点に繋がる人間模様が見事だ。目新しさは感じられないものの、このような作品を量産出来てしまう手腕と、スタイルは生産性という部分でも非常に高いのだということも理解した