bungaku

脳が詩的な気分にさせる。どう行動を取ろうかと思いながら、街に出たら映像ソフトを求めてTSUTAYAにずっといた。なんとも気持ちが晴れず、しかしながらどうすることも出来ない。AVを吟味する時間がひたすら長く、もう自分でもコントロール出来ないほどに性という概念は難しいと考えている。水道橋のプロントの女性店員がひたすら可愛かった。昨日寄った居酒屋の店員も可愛かった。だから何だというのだろうか。いい加減そういったことをテーマに作品を提示したいのに、私は結局のところ深層にチキンハートを抱えている。こういったテーマを身近で作品にしているのはそうだ細身君がいたと思い、細身君の動画を見た。モノクロの引きの映像と、彼の日記と同じ書体の歌詞が提示されるだけの映像が、何だか私もそういうものを提示したいと思える気持ちにさせた。こういう気持ちを恥ずかしげもなく歌える細身君は凄いなあと思いつつ、自分も何か映像詩のようなものをやってみようかとさえ思えて来た。だからといってきっと作っても誰も興味は持たないに違いないのだが。