プロレスとホントとビデオテープ

1999年1月31日のことである。

当時中学1年生であった私は、部活帰りの暗くなった夜に帰宅した。
普段はこたつでだらーっとテレビを見ながらダルそうに僕を迎える母が真っ先に玄関で僕を出迎えた。

「馬場さんが死んじゃった!」

僕の母はその一言だけを告げに、真っ先に玄関で僕を出迎えた。

何が起こっているのが分からなかった僕はテレビに映るジャイアント馬場さんが亡くなったというニュース映像を見て立たずんでいた。

馬場さんが亡くなったそのニュースは、当時13歳の僕に初めて自分の中で尊敬出来る偉人であり、影響を受けた人が亡くなったのだという事実を伝えるニュースになった。

ガキんちょだった当時の僕にもそのニュースが喪失感のようなものを与えているというのは理解出来たのだろう。

小学校4年の頃。
ただ何となく夏休みに従兄弟が録画したビデオがテレビ画面に映し出されていてた。それは緑のタイツを履いた男と、黒いタイツを履いた男が闘っている映像で、それはどうやらプロレスというスポーツらしくて、その男は三沢光晴とスタン・ハンセンという名だと後から知った。

そのままVHSの再生機を停止することなく、少年はそのまま映像を見続けた。しばらくすると、緑のタイツの男に加えてオレンジのタイツを履いた男、黄色いタイツを履いた男、赤いタイツを履いた男が闘っていた。

少年は後にその男が小橋健太、川田利明田上明という人物であり、その試合はどうやらタッグマッチという試合型式で、その試合は世界最強タッグ決定リーグ戦の優勝決定戦であったことを知ったのだった。

そんな少年はある日、日光に家族旅行に行った。
滅多にホテルに泊まることのない少年は部屋にあるベッドに興味を持った。
そのふかふかのベッドの質感が嬉しかった。
何せ家の敷き布団と違って、ジャンプすると跳ねるし、スプリングが効いていてそのまま倒れても全然痛くないのだ。

少年は母親の前でいきなりパン一になった。
小学生の少年は白いブリーフ一丁で、両足を広げ、ジャンプしながら自分のお尻をベッドに何度も打ち付け始めた。

母親は言った。
「あんた何やってるのよ?」

「ギロチンドロップ!」
「小橋の!」

少年は嬉しそうにそう答えた。

「母ちゃん、小橋知らないの?」
少年は自分のヒーローがプロレスラーだということを母親に伝えたかったのだろう。

家に帰った少年はテレビとビデオの再生機の電源を入れて、自分の母親にこんなに凄いヒーローがいるのだとプレゼンを始めた。
母親は「小橋って素敵ね」

情熱溢れる一人の男に、一人の母親も次第に夢中になっていった。

少年は自分が今、夢中になっているヒーローが三沢光晴や小橋健太がいる超世代軍というチームでその選手たちが所属するのが
全日本プロレスという団体で、そのボスはジャイアント馬場さんという人だということをある日理解したのだ。
少年はビデオデッキの操作方法をマスターし、テレビの予約録画の仕方を覚え、VHSテープをデッキに入れて毎週日曜日の深夜4チャンネルに予約録画をするようになっていた。
そして兄弟のいない少年は敷き布団を敷いて、いつしか母親とプロレスごっこをしていた。

月日が経ち、少年は大人になった。
僕は27歳になったのだ。
明日、僕は木原文人さんとプロレスの試合をする。

衝突に組まれたマッチメイクだ。
人生色々、紆余曲折ありながら、明日対面する男は僕が少年の頃に見たそれらの光景を間近で見続けた男だ。

2013年 3月28日
新木場でチケット即売会をしていたガンバレ☆プロレス勢の前に現れたスーツ姿の男は木原文人、その人である。
高木さんが「この人にレスリングの神髄を教えてもらえ!」と僕らを煽る。
挑発された翔太選手は「この人、リングアナっすよ」と冷静につっこむ。

木原さんはレスラーではなくて、リングアナだ。レスリングの神髄を云々などおかしな話だ。
しかし木原さんは静かに口を開く。

「俺はお前が生まれる前からこの仕事してんだよ。馬場さんの試合も、ジャンボさんの試合も、天龍さんの試合もみんな見てるんだよ。全部コールしてんだよ。」
木原さんはそう言い残し、その場を去った。

でも自分にはこの言葉の意味がビンビンにくる。
木原さんは自らが直接プロレスをしているわけではない、でもこの業界にずっといて、偉大なレスラーたちの試合をコールし、最前で見続ける事で思想や、生き様に影響を受けてきたはずなんじゃないか。
そしてその思想や生き様はレスラーでなくても、プロレスを愛するスタッフであれば継承することが出来るのではないか。
それはまだ2年しかこの業界にいない自分にも何となくだけど分かることだった。

どうして共感出来るのか。

僕はある日、友人と飲み会をしていた。
「今成さんって、本当に飯伏さんのこと心酔しているんですね。」
ある友人は僕にそう言った。
どうやら僕はいつのまにか、飯伏さんに多大な影響を受けているらしい。

僕は今、DDTの映像班で仕事をしている。
気が付けば映像スタッフとしてなんだかんだで僕も最前でDDTの闘いを見てきた。

リング上にいるゴールデンスターは常に常人とは思えぬファイトで共にお客さんを魅了していた。
それは間近で見ている僕もまたそうだった。

ある日、僕は自分の恋沙汰でうじうじと悩んでいた。
ちょっと違う世界の人を好きになってしまった。
日が経つにつれて、その人はどうやら中々狂っている人で、そして僕の社会的ステータスでは、到底相手にされる状況ではないことは明らかであった。とりあえず自分の妄想が膨らむごとに、現実はそれに応じる事もなく、少しも動きもせず、ただひたすら理想と現実の乖離がゆっくりと残酷に進むのだ。何とかしてそれに歯向かいたいのだけども、歯向かい方が分からなければ、歯向かう勇気もなかった。

ある日、ふらっとDDT事務所にゴールデンスターはやってきた。
ゴールデンスターは僕を見つけるや、微笑みかけて「最近どうっすか?」と僕に声をかけた。
兄弟のいない自分にとって飯伏さんはちょっと気の狂ったお兄さんのような様子もあり、
また自分が今悩んでいる恋沙汰もそこそこ気の狂った出来事が起こるので、これは飯伏さんに話をするしかないと、僕は自分の話をしはじめた。

その日を機に私は飯伏さんに恋愛相談をするようになっていった。
まったくもって根拠はないんだけど、飯伏幸太のその類い稀な洞察力を僕は信じるようになった。

その日以来、僕は飯伏幸太のマリオネットになった。
飯伏さんは「3D恋愛シュミレーションゲーム」と称し、僕をゲームの主人公に見立て遠隔操作で操り始めた。
ただ飯伏さんに指示を仰ぎ、その通り行動した。
やや常軌を逸したことも時にはしたかもしれないが、ゴールデンスターは「大丈夫!大丈夫!」と僕を説得した。
周りの人はまた飯伏が今成に無責任なことを言い始めたとその状況をそう悟っていた。

だが現実が微かに変化しはじめる。

時間が経過するにつれ、段々とあり得ないことが起こり、諦めかけてたことに希望のようなものが見え始めた。
ハッタリのようなことを言い続ける飯伏さんが放つ予言が次々と的中しはじめていた。

2012年9月30日 後楽園ホール
武道館大会が終わった一ヶ月後、疲弊していた私はカメラを持ち、リング上にいるゴールデン・スターを撮影していた。
ゴールデン・スターは何故か僕に目線を向けた。
するとスターは僕を掴んでひょいと、リング上に引っぱり上げたのだ。
全くもってよくわからない状況だが、僕は飯伏さんがこれから活動していくであろうプロレスリングユニットのリーダーに僕を指名したのだった。
とりあえず、何が何だか良く分からない僕。
後楽園ホールには「イエイ!カモン!」とご機嫌なナンバーがこだまする。

「何だよ、これ」
僕はリング上でぽつんと困惑し続けた。

そんな時、ゴールデン・スターが僕の側に近づき、
僕の耳元でこう言った
「これから面白いことが起こりますよ!絶対に面白いことが起こるんです!一緒に沢山やらかしましょうよ!」

それからというもの、僕の私生活は急激にドラマティックな出来事の連続になった。
ある時、もうこれはゲームオーバーだ。僕の恋はもうこれでおしまいなんだ。もう諦めよう。そう思った事があった。こんな恋をし続ける事はもう辛過ぎる。こんなことは生き地獄だ。

そう思ったとき、また彼は僕に微笑みかけた。

「大丈夫ですよ。僕が100円のコインを入れたんです。コンティニューです。僕がゲームオーバーにはさせませんから。」


彼は僕にそう言うと、今はじっと待つべきだと、僕に待機の指令を出すのだった。

その待機が後にドラマティックな展開の伏線となっていたことは、その時の僕には知る由もなかった。とにかく色んな事が飯伏幸太の予言通りに動いていく。

私生活の微かな希望はそのまま仕事のモチベーションを加速させた。
相談を続けるうちに飯伏さんが本当に凄い人で、本当に尊敬すべき人だと分かることに時間はかからなかった。

気が付けば、僕は飯伏さんを心酔するようになった。
いつしか試合前のウォーミングアップで飯伏さんのオモチャになるようになった。
リバースのジャイアントスイングでぶんぶん振り回される。

「ウギャー!!!!」

僕の騒ぎ声が開場前の会場にこだまする。

人畜無害なことをしながら、飯伏さんはいつもの笑顔で微笑みかけるのです。
でもそんな無邪気さが私の閉ざされた心を晴れやかにしてくれた。

とりあえず、
こんなどうでも良い僕の話は置いといて、
僕は木原さんにも同様にそんなことがあったんじゃないかと勝手に想像してしまう。
プロレス団体のスタッフとして、馬場さんやジャンボさんと食事をしたり、一緒に行動をすることで、プロレスの興行を共に創ることで、何かを感じてきたのではないだろうかと。憶測だけど、でも多分かなり高い確率できっとそうだと思う。木原さんは自ら尊敬出来る人の側にいて、その影響を多大に受けて、今に至ってるんじゃないかと。

僕が飯伏さんに恋愛相談をするようなことはないにしても、高木さんのお使いを頼まれてるうちに、気が付くと高木さんと同じ物を自分が買うようになっていたりするくらい、きっと木原さんは馬場さんや、ジャンボさんや、天龍さんや、三沢さんや小橋さんや、武藤さんたちから何かを感じまくってるんじゃないかと思う。たぶんきっとそうに違いない。

だから僕は勝手に木原さんにシンパシーを感じちゃうし、勝手にそんなお話を想像してしまう。でもこれはほぼ99%確信に変わっている。僕が飯伏さんのウォーミングアップの道具になっているように、木原さんも馬場さんたちがしていた練習に何かしら触れているはずだし、ちょっと道場で受け身を取っちゃったりしているはずなのだ。そして時代と共に変化するプロレスを最前で見続けて、探求し続けたんだ。スタッフとレスラーってそんな不思議な関係になっちゃって、増々プロレス好きになっちゃって。

自分が飯伏さんに注いでいる眼差しを、同時に木原さんは馬場さんやジャンボさんや天龍さんに感じていたんじゃないかなと。
けどそういうことが起こりうるのがプロレスだし、またプロレスの魅力の一つなんじゃないかと根拠もなくそう思ってる。

自分がブラウン管で見ていた景色を、木原さんは最前で見てきた。
木原さんは何を感じてきたんだろう。馬場さんたちの背中を見て、どんな影響を受けたんだろう。
木原さんはどんな青春を送ってきたんだろう。

あれから時を経て、僕らが闘う数時間後にはまた少年の時に見ていた英雄が一人引退される。

そんなタイミングで木原さんと触れる機会が訪れる。
僕が子供の頃に見ていた景色が何なのか
僕は木原さんからそれを感じることが出来るだろうか。

伝統、権威、王道、老舗。木原さんのイメージから色んな言葉が心の奥底に飛び交うが、僕にはその言葉を聞いたところで、この闘いに対して臆する理由にはならないような気がしている。

僕は今、DDT映像班で働いていて、そのチームは高木さんを筆頭にDDTにいるレスラー、スタッフの皆さんが伝統や権威に縛られないアイディア、方法、闘いで新しい価値を作ってきた。有り難い事に僕は今、そんな人たちと一緒にいれていて。多くの時間を過ごすことが出来ている。客観的に見てもDDTの興行は先端を行っていると思います。

自分が入った2年だけでも、会社が大きくなり始めて、いつの間にかテレビ局に素材を渡しに行く機会も増えました。
きっとDDTがやっているプロレスを世間に届ける試みはもっと沢山の人に伝わるのではないかと、映像を渡しながらそんなことを思います。

僕は伝統や権威などの前時代的な価値観で縛られた世界に対して、切り開こうとしてきたそんな諸先輩方に多大な影響を受けてきました。
トリプルHが新しく創るWWEの新施設には多くのリングと併設して、最新機器を揃えた映像編集室が作られると聞きました。
プロレスを練習する環境、見せる環境と同時に発信する環境、それを映像に記録する環境が同時に備わっている。これが現在のスタンダートになろうとしている。20年前のプロレス団体では考えられることではなかったはずなのに、高木さんたちはもう10年以上も前からそれを実戦してやっている。自分も紆余曲折ありながら、それに参加させてもらってる。自分は今の時代にフィットした形で、存在していると何となく思います。

だから木原さんの生きてきた世界が憧れだったなんて言いたくありません。

物語の創作の方法は現代なりに変化を続けているのです。
僕の恋沙汰が飯伏さんなりのゲーミフィケーションゲームデザインのメカニズムを利用する活動)によってお話が進んでしまう。
携帯メールで出された指示によって、一人の青年が行動的になり未来を切り開く時代です。

それでも世の中には分からないことが沢山あります。
どんなに現代のトレンドを心掛けても、やっぱり何かが足りなかったりする。もうその何かが全然分からない。
名画座でかかる古典作品が未だに輝きを放ち、半永久的に僕らの心を動かすように、
気付いたらyoutubeで馬場さんの試合を見ちゃっている。そしてやっぱり感動している。

歴史や伝統など、現代のトレンドに媚びないそれらは何なのでしょうか。

どんなに今という時代を生きても、僕は好きな人に
「貴方にはダンディズムが足らないのよ」なんてへーきで言われたりしちゃうんです。
もうそれって意味が分からないです。

でも馬場さんがタイツはへその上まで上げろっていう教えを守ってるレスラーが永遠にダンディズムを感じさせてしまうくらい訳がわからない。もうこれはとんでもない謎解きなのです。もう僕だって大人になりたい。そんな素敵な男になってみたい。だから結局のところ憧れ続けてます。

もうどうせだから木原さんからそんなダンディズムを盗んでやろうと思っています。
木原さんが見てきた世界を、現代っ子が呑み込んでやるんです。
憧れは5月10日で終わりです。

最近、僕の親父が録画してる「プリズン・ブレイク」を見る以外、何もしなくなりました。
もう僕の親父は隠居です。でも木原さんもオヤジと呼ばれているらしいです。
"オヤジ"な木原さんにはもう青春などと言わず、僕たちに明け渡して欲しいです。
ゴールドジムにも行かず、ゆっくりと家で海外ドラマを見続けて、ゆっくりと生きて欲しいと思います。
それか結活でもして欲しい。そうしたらメールで僕が木原さんに指示を出しますから。

木原文人 vs 今成夢人

【大会名】ガンバレ☆プロレス ハウスショー2
【日時】5月10日(金)19:00開場 19:30開始
【会場】市ヶ谷南海記念診療所 住所:新宿区市谷田町1−1−3 【料金】全席自由2000円

yumehito.0922@gmail.com
にてまだチケット受け付けてますよ。

俺たち文化系プロレス DDT

俺たち文化系プロレス DDT

そんなジャイアント馬場さんに負けない社長レスラー像を築こうとしている弊社代表取締役社長、高木三四郎社長の自著伝です。
とりあえずこの本はこのブログの200倍面白いし、とても良いことが書いてあるので買って読んでみて下さい。以上長々とテマでした。